決算書の読み方を変えるだけで利益率が改善した話
決算書をただ「眺める」だけで、仕事をした気になってはいないだろうか。
税理士から渡された数字を確認し、前期と比較して一喜一憂する。
多くの経営者が行うこの定例業務も、もちろん重要だ。
しかし、決算書を“読む”角度を少し変えるだけで、会社の利益率そのものが動き出すとしたら、どうだろう。
私は長年、金融専門誌の記者として、銀行の論理と中小企業の現場、その両方を見てきた。
資金を貸す側と、借りる側。
それぞれの立場から同じ決算書を見ているはずなのに、その「解釈」は驚くほど異なる。
この記事でお伝えしたいのは、小手先のテクニックではない。
決算書という客観的な数字を、いかにして現場の「次の一手」に繋げるか。
そのための「数字の語らせ方」と、具体的なアクションへの転換方法である。
目次
財務諸表の“読み替え”が生むインパクト
利益率の公式をもう一度――定義を変えると答えも変わる
利益率と一言で言っても、その種類は様々だ。
多くの経営者が注目するのは、売上高総利益率(粗利率)や営業利益率だろう。
これらは会社の総合的な収益力を示す重要な指標であることに間違いない。
しかし、見るべき指標を変えれば、当然ながら見える景色も変わる。
例えば、個別の製品や事業の継続を判断する際には、「限界利益」という物差しが極めて有効になる。
限界利益とは、売上高から変動費(材料費など売上に比例して増減する費用)だけを差し引いたものだ。
この数字を見ることで、「この製品は赤字だから即撤退」という短絡的な判断ではなく、「固定費を回収するのに、どれだけ貢献してくれているか」という、より戦略的な視点を持つことができる。
定義を変えれば、答えも変わるのだ。
中小企業が見落としがちな「販管費の重力」
特に中小企業において、私が「販管費の重力」と呼んでいるものがある。
販売費及び一般管理費、いわゆる販管費のことだ。
人件費や家賃、広告宣伝費といった、売上の増減に直接は比例しない固定費がその多くを占める。
この固定費は、業績が良いときはあまり意識されない。
しかし、ひとたび売上が落ち込むと、まるで重力のように経営にのしかかってくる。
自社の販管費がどれだけの「重さ」を持っているのか。
それを正確に把握しているかどうかが、不況期の耐久力を左右すると言っても過言ではない。
数字は嘘をつかないが、人が語らせる――ケース分析の前提
私の好きな言葉に「数字は嘘をつかない、だが人は数字を語るときに嘘をつく」というものがある。
これは、数字そのものは客観的な事実(ファクト)であっても、それをどう解釈し、どう語るかは人次第だ、という意味だ。
これから紹介する2つのケーススタディは、まさにこの「語らせ方」を変えることで、経営を好転させた実例である。
彼らは特別な魔法を使ったわけではない。
ただ、自社の決算書と真摯に向き合い、これまでとは違う角度から光を当てただけなのだ。
ケーススタディ①:地方製造業A社――営業利益率+3.8ptの舞台裏
群馬県で精密部品を製造するA社は、長年、売上は横ばい、利益は微減という状況に悩んでいた。
金融機関からの評価も芳しくなく、社長は「ウチは技術力はあるんだが、儲けるのが下手で…」と自嘲気味に語っていた。
読み替えた指標:限界利益率と固定費の“重さ”
私がA社に提案したのは、製品別の「限界利益率」を徹底的に洗い出すことだった。
これまでのA社は、会社全体の営業利益しか見ていなかった。
どの製品が稼ぎ頭で、どの製品が足を引っ張っているのか、誰も正確に把握していなかったのだ。
同時に、月々発生する固定費の総額を「乗り越えるべきハードル」として明確に設定。
各製品が生み出す限界利益で、このハードルをどう攻略していくか、というゲームに見立てた。
原価構造の可視化で判明した“儲からない製品群”
分析の結果は衝撃的だった。
長年、主力製品だと信じられていた製品群のいくつかが、実はほとんど限界利益を生んでいないことが判明したのだ。
受注単価が低く、製造に手間がかかるため、売れば売るほど他の製品の利益を食いつぶす「お荷物」と化していた。
- 貢献度の高い製品群: 限界利益率が高く、製造負荷が低い
- 問題の製品群: 限界利益率が極端に低く、製造ラインを長時間占有
- その他製品群: 利益率は中程度だが、安定した受注がある
このシンプルな色分けが、A社の目を覚まさせた。
打ち手:製造ライン再編と価格改定
社長の決断は早かった。
まず、儲からない製品群については、主要取引先と粘り強く交渉し、価格改定を実現。
一部、どうしても採算が合わないものについては、勇気をもって撤退を決めた。
空いた製造ラインは、利益率の高い製品の増産に振り向けた。
これは、単なるコストカットではなく、経営資源の「再配分」である。
結果:利益率と銀行格付けの同時アップ
一連の改革の結果、A社の経営指標は劇的に改善した。
指標 | Before | After |
---|---|---|
営業利益率 | 1.2% | 5.0% |
限界利益率 | 25% | 32% |
銀行格付け | 要注意先 | 正常先 |
半年後、A社の営業利益率は3.8ポイントも上昇。
何より大きかったのは、銀行の見る目が変わったことだ。
自社の弱点を正確に把握し、具体的な手を打ったことが高く評価され、格付けが改善。
新たな設備投資への道も開けたのである。
ケーススタディ②:ITベンチャーB社――成長ブレーキを外す資金循環
都内のITベンチャーB社は、急成長の裏側で深刻な問題を抱えていた。
売上は伸びているのに、なぜか常に資金繰りが苦しい。
いわゆる「黒字倒産」の恐怖が、常に経営陣の頭をよぎっていた。
読み替えた指標:キャッシュ・コンバージョン・サイクル
B社に欠けていたのは、PL(損益計算書)の視点だけではなく、キャッシュフローの視点だった。
そこで導入したのが「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」という指標だ。
キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)とは
原材料やサービス提供のための仕入れに現金を支払ってから、顧客に製品・サービスを販売し、その代金を現金として回収するまでの期間(日数)のこと。この日数が短いほど、資金効率が良い経営と評価される。
CCCは、以下の要素で構成される。
- 売掛金の回収に何日かかっているか(売上債権回転日数)
- 在庫が現金化されるまで何日かかっているか(棚卸資産回転日数)
- 仕入代金の支払いをどれだけ先に延ばせるか(仕入債務回転日数)
資金繰りの“見える化”が投資余力を生む
B社のCCCを計算すると、実に「90日」という数字が出た。
これは、仕入れから現金回収までに3ヶ月もかかっていることを意味する。
売上が伸びれば伸びるほど、運転資金がどんどん必要になり、資金繰りを圧迫する典型的なパターンだった。
原因は、大口顧客からの入金サイトが長かったことと、請求書発行から入金管理までのプロセスが非効率だったことにある。
資金繰りのボトルネックが、初めて「日数」という具体的な数字で可視化された瞬間だった。
ファクタリングを“最後の手段”から“先手”へ
ここでB社が打った手が、ファクタリングの戦略的活用だ。
ファクタリングとは、売掛債権(請求書)を専門会社に買い取ってもらうことで、入金日を待たずに現金化できるサービスである。
これまで「資金繰りに詰まったときの最後の手段」と捉えられがちだったファクタリングを、B社は「CCCを短縮し、成長を加速させるための攻めの一手」と再定義した。
手数料はかかるが、それによって得られる資金で新たな人材を採用し、サービス開発を前倒しできるなら、十分に元が取れると判断したのだ。
結果:売上成長率再加速と人員拡充
ファクタリングの活用により、B社のCCCは90日から45日へと劇的に短縮された。
手元資金に余裕が生まれたことで、経営陣は目先の資金繰りの心配から解放され、本来注力すべき事業成長に集中できるようになった。
結果として、B社は売上の成長率を再び加速させ、計画を前倒しでエンジニアを増員することにも成功した。
資金繰りのブレーキを外すことが、事業の成長エンジンを再点火させたのである。
変化を起こす財務指標の選び方
A社やB社のように、自社の経営課題を解決するためには、数ある財務指標の中から「今、見るべき指標」を正しく選ぶ必要がある。
“逆算思考”で設定するKPI――ゴールから数字を決める
重要なのは“逆算思考”だ。
まず、自社が目指すゴールを明確にする。
- ゴール(例): 3年後に営業利益率を10%にする
- 分解: そのためには、どの製品の利益率を上げる必要があるか? 固定費をどれだけ削減する必要があるか?
- KPI設定: 「製品Xの限界利益率」「販管費の対売上高比率」などを重要業績評価指標(KPI)として設定し、毎月追いかける。
このように、ゴールから逆算することで、追うべき数字が自ずと定まってくる。
PLから管理会計へ:部門別・案件別の利益率追跡
決算書(財務会計)の数字だけでは、会社全体の成績しかわからない。
より解像度の高い打ち手を考えるには、「管理会計」の視点が不可欠だ。
部門別、事業別、あるいは案件別に損益を把握する仕組みを社内に作ることで、どこに経営資源を集中すべきかが明確になる。
最初はエクセルでの簡単な集計でも構わない。
まずは「数字で分解して見る」という文化を根付かせることが第一歩だ。
銀行との対話を変える――ABLとローカルベンチマーク
選んだ指標は、銀行との対話においても強力な武器になる。
例えば、在庫や売掛金を担保とするABL(動産担保融資)を検討する際、CCCのような資金効率を示す指標を提示できれば、銀行は事業の実態をより深く理解してくれる。
また、経済産業省が提供する「ローカルベンチマーク」のようなツールを活用し、自社の財務・非財務情報を整理して示すことも有効だ。
これは、自社の経営を客観的に語るための「共通言語」を手に入れることに他ならない。
実行ステップ:決算書の再読から現場アクションまで
では、具体的に何から始めればよいのか。
ここでは、4つのステップに分けて解説する。
1. ステップ1 財務データの棚卸しと精度チェック
まずは、過去3期分ほどの決算書や試算表を手元に用意する。
そして、その数字が現場の実態と合っているかを確認する。
会計ソフトへの入力ミスや、不正確な原価計算が放置されていないか、この段階でデータの信頼性を担保することが重要だ。
2. ステップ2 指標再定義とモニタリング設計
自社の課題に合わせ、「今、最も見るべき指標」は何かを経営陣で議論し、再定義する。
そして、その指標を毎月どのように集計し、誰がモニタリングするのか、具体的な運用ルールを決める。
3. ステップ3 現場への落とし込み――“数字会議”の運営術
新しい指標は、経営陣だけが理解していても意味がない。
営業、製造、開発といった各部門の責任者を集め、指標の意味と目標を共有する「数字会議」を定期的に開催する。
この会議の目的は、吊し上げではなく、あくまでも「数字を元にした作戦会議」であるべきだ。
4. ステップ4 効果検証と次の改善サイクル
設定した指標が、打ち手によってどう変化したかを必ず検証する。
改善が見られれば、その要因を分析し、成功パターンとして定着させる。
もし変化がなければ、指標の選び方や打ち手そのものを見直す。
この「指標→行動→検証」のサイクルを高速で回し続けることが、変化を生む原動力となる。
まとめ
決算書は、年に一度、税務署に提出するためだけの書類ではない。
それは、自社の経営状態を映し出す鏡であり、未来への航路を示す海図でもある。
“読み方”が変われば、数字はその語り方を変える。
これまで沈黙していた数字が、突然、経営の課題と次の一手を雄弁に語り始めるのだ。
成功の鍵は、難解な会計理論を学ぶことではない。
自社の現状を正しく映し出す指標を見つけ出し、「指標→行動→検証」という改善のループを、いかに粘り強く、そして高速に回し続けられるか。
それに尽きる。
この記事を読み終えたら、ぜひ自社の決算書を机に広げてみてほしい。
そして、今日、これまでとはまったく別の角度から、その数字を眺めてみてはいかがだろうか。
そこには、あなたの会社を次のステージへ導く、新たな物語が隠されているかもしれない。