人手不足を乗り切る資金の使い道ランキング

日本の中小企業が、今まさに「人手不足」という静かなる危機に直面している。
帝国データバンクの調査によれば、2025年1月時点で正社員が不足していると回答した企業は53.4%に達した。
これはコロナ禍以降で最も高い水準であり、もはや一部の業界の問題ではない。

この状況下で、多くの経営者が人件費や採用費の高騰に頭を悩ませていることだろう。
しかし、ここで発想の転換が必要だ。
人手不足対策にかかる資金を、単なる「コスト」として捉えるのではなく、未来の収益を生み出す「投資」と考えること。
これが、厳しい時代を乗り切るための第一歩となる。

私は長年、金融専門誌の記者として数多くの中小企業の現場を取材してきた。
そこには、数字だけでは語れない経営者の苦悩と、それを乗り越えるための知恵があった。
本稿では、私が現場で得た“数字と人情”の視点から、人手不足という課題に対し、限られた資金をどう投下すべきか、その優先順位をランキング形式で解説していく。

ランキング策定の評価軸

効果的な投資先を見極めるには、明確な評価軸が不可欠だ。
やみくもに資金を投じても、期待した成果は得られない。
ここでは、私が取材現場で経営者たちと議論を重ねてきた、投資の是非を判断するための3つの視点を紹介する。

投資額対効果(ROI)をどう測るか

ROI(Return on Investment)は、投下した資本に対してどれだけの利益が生まれたかを示す指標だ。
人手不足対策におけるROIは、単純な利益増加だけでは測れない。

例えば、業務自動化ツールを導入した場合、削減できた人件費や残業代、生産性向上による売上増が「リターン」となる。
教育投資であれば、離職率低下による採用・教育コストの削減や、従業員のスキルアップによる提供サービスの質向上もリターンに含めて考えるべきだろう。
目先の数字だけでなく、中長期的に会社に何をもたらすかを多角的に評価することが肝要だ。

キャッシュフローと回収期間の考え方

投資には、当然ながら資金が必要となる。
重要なのは、その投資がいつキャッシュフローに好影響を与え始めるか、つまり「回収期間」の見極めだ。

高額な機械を導入すれば、短期的にはキャッシュフローが悪化する。
しかし、それによって数年単位で人件費を抑制できるなら、長期的なキャッシュフローは改善するかもしれない。
一方で、福利厚生の充実は即効性のあるキャッシュを生み出しにくいが、従業員の定着率を高め、じわじわと経営体力を強化する。
自社の資金体力と相談しながら、短期・中期・長期の投資をバランスよく組み合わせる視点が求められる。

リスクとリターンを見極める3つのチェックポイント

投資には必ずリスクが伴う。
そのリスクを事前に洗い出し、許容できる範囲かを見極めなければならない。
私が経営者に必ず確認するのは、以下の3点だ。

  • 実行可能性(Feasibility):その施策は、本当に自社で実行できるのか。必要な人材、技術、時間は確保できるか。
  • 効果の測定可能性(Measurability):投資の効果を、具体的な数値で測定できるか。「雰囲気が良くなった」では不十分だ。
  • 撤退基準(Exit Strategy):もし計画通りに進まなかった場合、いつ、どのような基準で中断・撤退するのか。損切りラインを事前に決めておく。

これらの軸を基に、次のランキングを策定した。
ぜひ、自社の状況と照らし合わせながら読み進めてほしい。

資金の使い道ランキング TOP5

第1位:業務プロセスの自動化(RPA・専用機械導入)

人手不足への最も直接的かつ効果的な一手が、人の手で行っている作業を機械やソフトウェアに代替させることだ。
特に、RPA(Robotic Process Automation)は、データ入力や請求書発行といった定型的な事務作業を自動化し、従業員をより付加価値の高い業務へシフトさせる力を持つ。

ある調査では、中小企業がRPAを導入した場合、月200時間もの業務時間を削減できたというデータもある。
初期投資はかかるが、長期的な人件費削減効果と生産性向上を考えれば、ROIは極めて高い。
「人がいないなら、機械にやらせる」。
この割り切りが、企業の成長を加速させる。

第2位:既存社員のスキルアップと多能工化

新たな人材の獲得が難しい今、社内にいる「人財」の価値を最大化する視点が重要になる。
それが、既存社員への教育投資によるスキルアップと「多能工化」だ。
一人の社員が複数の業務をこなせるようになれば、特定の担当者が休んだり退職したりしても、事業が停滞するリスクを大幅に軽減できる。

多能工化の進め方

  1. スキルの可視化: まず、社内の誰が・どんなスキルを持っているかを「スキルマップ」で可視化する。
  2. 教育計画の策定: スキルマップを基に、誰に・どのスキルを習得させるか、OJTや外部研修を組み合わせた計画を立てる。
  3. 評価制度との連動: 習得したスキルを給与や役職に反映させることで、社員の学習意欲を高める。

教育は時間のかかる投資だが、従業員のエンゲージメントを高め、組織全体の地力を着実に向上させる。

第3位:賃金・福利厚生の強化で定着率向上

採用が「入口」の対策なら、定着率向上は「出口」を固める重要な施策だ。
優秀な人材に長く働いてもらうためには、やはり相応の待遇が欠かせない。
もちろん、単純な賃上げには原資が必要だが、それだけが全てではない。

「給料も大事だが、それ以上に『この会社で働き続けたい』と思えるかが重要。うちは“アニバーサリー休暇”を導入してから、家族を大切にする社風が根付いた」
(従業員30名の食品加工会社・社長)

上記は一例だが、自社の理念や従業員のニーズに合ったユニークな福利厚生は、他社との強力な差別化要因となる。
食事補助、家賃補助、資格取得支援など、費用対効果の高い制度から検討するのが現実的だろう。

第4e位:外国人材・シニア人材の戦力化インフラ整備

採用の視野を広げ、これまで活用しきれていなかった労働力に目を向けることも有効だ。
具体的には、意欲ある外国人材や、経験豊富なシニア人材の活用である。

ただし、彼らを戦力化するには、受け入れ側の「インフラ整備」が不可欠となる。

  • 外国人材向け:
    • 言語サポート(マニュアルの多言語化、通訳アプリの導入)
    • 文化・習慣の違いを理解するための研修
    • 在留資格に関する手続きサポート
  • シニア人材向け:
    • 体力に配慮した勤務体系(時短勤務、作業環境の改善)
    • デジタルツールに関する研修
    • 経験を活かせる役割の提供

これらの環境整備は投資を伴うが、多様な人材が活躍できる組織は、変化に対する耐性が格段に高まる。

第5位:アウトソーシング/クラウドソーシングの活用

「餅は餅屋」という言葉があるように、全ての業務を自社で抱える必要はない。
経理、人事、IT運用といった専門性が高い、あるいはノンコアな業務は、外部の専門家に委託する「アウトソーシング」が有効な選択肢となる。

特に近年は、インターネットを通じて個人に業務を委託する「クラウドソーシング」も普及している。
これにより、必要な時に必要な分だけ、専門スキルを持つ人材を確保できるようになった。
社員を一人採用するのに比べてコストを抑えられ、経営の柔軟性を高めることができる。
まずは、自社の業務を棚卸しし、外部に任せられる部分がないか洗い出してみることから始めたい。

資金調達とリスクマネジメント

これらの投資を実行するには、当然ながら資金が必要だ。
人手不足を乗り切るための投資資金を、いかにして確保するか。
ここでは、中小企業が活用できる具体的な資金調達手法と、金融機関との付き合い方について解説する。

ファクタリング・ABLで機動的に手当てする

設備投資や人材採用など、急な資金需要が発生した際に頼りになるのが、売掛債権を売却して資金化する「ファクタリング」や、在庫・機械設備などを担保にする「ABL(動産担保融資)」だ。
銀行融資に比べて審査がスピーディーで、担保不動産がなくても利用できるケースが多い。

手数料は発生するが、投資の好機を逃さないための「時間」を買うと考えれば、十分に活用価値はある。
資金繰りの選択肢として、常に頭に入れておくべき手法だ。

補助金・助成金をフル活用する実務ステップ

国や自治体は、中小企業の人手不足対策を支援するため、多種多様な補助金・助成金を用意している。
これらを活用しない手はない。

1. 情報収集
まずは、中小企業庁の「ミラサポplus」や、各都道府県のウェブサイトで、自社が使える制度がないか徹底的に調べる。

2. 事業計画の策定
補助金の申請には、なぜその投資が必要で、どのような効果が見込めるのかを具体的に示す事業計画書が不可欠だ。

3. 専門家の活用
申請書類の作成は煩雑な場合が多い。必要に応じて、中小企業診断士や行政書士といった専門家の力を借りることも検討しよう。

4. 申請と実行
公募期間内に申請を済ませ、採択されたら計画に沿って投資を実行。完了後は実績報告書を提出する。

手間はかかるが、返済不要の資金を得られるメリットは計り知れない。

金融機関との対話術――財務情報の開示ポイント

平時から金融機関と良好な関係を築いておくことも、重要なリスクマネジメントだ。
いざという時にスムーズな支援を得るためには、日頃からの対話が鍵となる。

その際、単に「お金を貸してほしい」と頼むだけでは不十分だ。
試算表や資金繰り表といった財務情報はもちろんのこと、今回のような人手不足対策の投資計画を具体的に示し、自社の未来を語ることが重要になる。
「この会社は、課題を認識し、未来に向けて前向きな投資を考えている」と金融機関に理解してもらうことが、信頼関係の礎となるのだ。

現場ルポ:成功と失敗から学ぶ

机上の空論だけでは、経営の舵取りはできない。
ここでは、私が実際に取材した3社の事例から、生々しい教訓を学びたい。

建設業A社――RPA導入で残業60%削減した舞台裏

従業員50名ほどの地方建設会社A社は、積算や請求書作成といった事務作業の増大に喘いでいた。
社長は思い切ってRPA導入を決断。
当初は「パソコンに仕事を奪われる」と反発したベテラン社員もいたという。

「導入の肝は、現場を巻き込むことだった。どの作業が一番大変か、どうすれば楽になるか、徹底的にヒアリングした。自動化で生まれた時間で、若手の技術指導に集中できるようになったと、今では一番の推進役ですよ」

結果、A社は事務部門の残業時間を60%も削減することに成功。
社長の決断と、現場との丁寧な対話が生んだ成功事例だ。

製造業B社――教育投資が離職率を半減させた理由

部品メーカーのB社は、若手社員の離職率の高さに悩んでいた。
そこで、年間予算の3%を教育投資に充てることを決定。
資格取得費用の全額補助や、外部の技術セミナーへの派遣を積極的に行った。

重要なのは、スキルアップを評価制度に直結させたことだ。
取得した資格に応じて「技術手当」を支給し、多能工化した社員をリーダーに抜擢した。
この取り組みにより、3年で離職率は半分以下に低下
「会社が自分の成長を応援してくれている」という実感が、社員の定着につながった。

ITベンチャーC社――高単価外注に頼りすぎた失敗ケース

急成長していたITベンチャーのC社は、開発者の採用が追いつかず、業務の多くをフリーランスなど外部のエンジニアに委託していた。
一見、効率的に見えたこの戦略には落とし穴があった。

「プロジェクトが終わるたびに、ノウハウが社内に蓄積されず、またゼロから外部に頼る繰り返し。結果的にコストは膨らみ、サービスの品質も安定しなかった。自社の核となる技術は、時間がかかっても自前で育てるべきだった」

これは、創業者の痛恨の述懐だ。
アウトソーシングは有効な手段だが、何を内製し、何を外注するのか
その戦略的な見極めがなければ、企業の根幹を揺るがしかねないという教訓である。

まとめ

人手不足という荒波を乗り越えるための資金の使い道をランキング形式で見てきた。
ランキング上位に共通するのは、「即効性」と「持続性」を両立させる投資であるという点だ。
RPAによる業務効率化は即効性が高く、教育投資による人材育成は持続的な企業価値向上につながる。

そして、これらの投資を実行するための資金調達は、もはや“最後の手段”ではない。
ファクタリングや補助金を駆使し、機動的に資金を確保することは、未来を切り拓くための“戦略の一手”に他ならない。

最後に、私の好きな言葉をもう一度。
「数字は嘘をつかない、だが人は数字を語るときに嘘をつく」。
本稿で示したデータや事例も、あくまで他社のものだ。
最も重要なのは、自社の現場にあるリアルな数字と向き合い、そこから課題を読み解き、次の一手へと行動を繋げることである。
この記事が、その一助となれば幸いだ。